あがり症克服で広がった世界~宝塚スターへの憧れ~

2019.02.20

あがり症の自覚と諦めの気持ち

私があがり症だと自覚したのは、中学生の国語の授業の本読みで緊張して声が震えた時でした。同じクラスの子から、「文ちゃん声が震えていたよ、どうしたん?」と言われたことがとてもショックでした。

これがきっかけで国語の授業が恐怖で、いつもびくびくして過ごしていました。その頃から、対人恐怖症になり、赤面症にも悩み始めました。

中学生であがり症を自覚する前も、幼い頃から恥ずかしがりやで、大人しい性格だったように思います。

そんな私でしたが、小学生の頃、母に連れられて初めて宝塚を見た時、大きな衝撃を受けたことを今でも忘れず覚えています。宝塚大劇場の大勢の観客の前で、踊って歌ってお芝居をする、全身で表現しているスターの姿が眩しく輝き、私は吸い込まれるように注目しました。私もあのスターのようにいつか人前で自分を表現出来るようになりたいと強く憧れました。

家族はというと、父もあがり症で、人前で話すのが大の苦手な人でした。父は甥の結婚式の場で、突然スピーチを指名され、あがってしまって何も言えなかった苦い経験があったらしいです。それからは、仕事等でスピーチを頼まれそうな時は、必ず小さな原稿を準備して練習していました。そんな父の娘だから、私のあがり症は遺伝だから治らないとずっと思い込んでいました。

新入社員・研修発表会の悪夢

あがり症を抱えながらも、どうにかしのぎながら、私は中学・高校・短大に進学しました。短大卒業後は、大手企業に入社することができました。そのときはまさか私が入社できるとは思わず、とても嬉しく、喜んでいました。しかし、喜んでいたのも束の間、新入社員の研修で、皆の前で発表することになったのです。

「皆の前で発表するなんて無理・・・」と思いながらもどうにも逃げられず、仕方なく発表をせざるを得ませんでした。そしていざ発表してみると、案の定、極度の緊張で頭が真っ白になり、心臓はバクバク、喉が詰まり、声は震えるどころかついには出なくなってしまいました。

入社したての時期に、同期生全員の前で恥ずかしい思いをしてしまい凄く辛かったです。その後も、人前で発表の機会があるたびに、あがり症に苦しみ悩んできました。あがり症の自分がいつもつきまとい、自分が嫌で嫌でたまらなかったです。心療内科で薬を処方してもらったこともありました。

あがり症を克服したい気持ちの芽生え

「どうにかして自分を変えたい。変える方法はないだろうか・・・。」そう思い立ってネット検索してみることにしました。するとNHKカルチャー京都で、「あがり症・話しベタさんのためのスピーチ塾」という講座があることを知りました。

「どんな講座だろう。自分でもできるだろうか。」と不安な気持ちもありましたが、とにかくあがり症をどうにかしたい気持ちが強くあったので、思いきって行ってみることにしてみました。行ってみると、最初に驚いたのは、私のように大人になってからもあがり症で悩み苦しんでいる人がこんなにたくさんいるんだ、ということでした。

理事長の鳥谷朝代先生のことも検索してみました。幼少のころからあがり症だったこと、中学の国語の授業で声が震えだしたことがあがり症のきっかけだったことなど、とても私と似たようなことを経験されていて「私だけじゃないんだ」と嬉しくなり救われた気持ちになりました。

練習の継続であがり症を徐々に克服

鳥谷朝代先生が設立されました「一般社団法人あがり症克服協会」は、鳥谷先生をはじめ講師全員も元あがり症だということにも大変驚きました。

スピーチ塾の講師も受講生の皆さんも温かい人ばかりで、私はここに来ると、凄く癒され勇気づけられました。あの辛いあがり症の苦しさを分かり合ってもらえる仲間がいる、心の底から共感してもらえる、それは何よりも心強く安心感があるものでした。

講座の内容もしっかり組立てられていて、ストレッチ、腹式呼吸、発声であがらない体づくりをした後に、原稿作成、皆の前でスピーチをすることを何度も繰り返し、丁寧に教えてくださり、説得力のある充実した楽しい講座で、毎回通うのが楽しみになりました。

「ここに通い続けていれば、いつかあがり症を克服できる。」そう思えるようになりました。

あがり症のきっかけが声の震えだったこともあり、私は自分の声にずっとコンプレックスを持っていました。弱々しく聞き取りにくい、張りのない声でした。

しかし、講師の方のように、またベテランの生徒さんのように、お腹からしっかり声が出せるようになりたい、自分は変わりたい、という一心で、腹式呼吸と発声を何度も何度も繰り返し練習しました。私なりに継続して取り組みました。するとその成果があって、ついには自分でも納得できるくらいの腹式発声ができるようになっていきました。

あれだけコンプレックスを抱いていた自分の声を変えることができたのです。それはとても嬉しく、自信にもなりました。

あがり症克服で広がった自分の可能性

あがり症克服に取り組んでいると、他にもいいことがたくさん出てきました。

元々は消極な性格で何事も億劫でしたが、スピーチ塾に入り、P-1(プレゼン発表会)に何度か出場してあがり症を少しずつ克服していったことをきっかけに、いろんな事に積極的に挑戦する性格に変化していきました。自分に可能性と自信を持つことが出来、世界が広がりました。10代~30代を無駄に過ごしたように思っていましたが、「これからでも遅くない、人生を豊かに楽しむことが出来る。」と思えるようになれました。

以前の私は、人からどう思われているのだろうか?といつも気にしていましたが、今は全く人が気にならなくなりました。私がやりたいと思うことを積極的に取り組めるようになりました。今後もいろんな事に前向きに挑戦し、困難なことも乗り越え、成長していけたらいいなと思っています。

あがり症を克服して叶えた2つの夢~歌と講師~

私が挑戦したことの1つは、歌を習い始めたことでした。

習い事には発表会がつきものですが、ここでも同じで、数ヶ月間練習した歌の成果を発表会で披露します。発表会の衣装も自分で考え、洋服にスパンコールを縫い付けてキラキラにしてみました。幼い頃から憧れだった宝塚スターのように、あのあがり症だった私が小さなステージだけど、観客の前で歌ったことが本当に幸せでした。

幼い頃からの夢が叶った瞬間でした。

もう1つの挑戦は、あがり症克服協会の認定講師になることでした。

認定講師になることにより、あがり症について、もっと深く前向きに取り組めるようになれるのではないかと考えたのでした。今までは自分のあがり症克服のことばかりに目を向けてきましたが、これからは、以前の私のようにあがり症で悩み苦しんでいる多くの人たちを救うことに目を向けて頑張っていきたいと思うようになりました。あがり症を徐々に克服してきた私が、今まさにあがり症で悩み苦しんでいる人と向き合いながら、これまで私が経験してきたこと、スピーチ塾で学んできたことを全てお伝えしていきたいと思っています。

これからも今の自分に満足することなく、今後もあがり症克服のカリスマ鳥谷朝代先生をはじめ、素敵な先輩講師の方たちから多くのことを学び、スキルを磨き続け、どんな角度からでもあがり症の人たちを救えるような講師であり続けたいと思っています。

今、孤独であがり症を抱え込んでいる皆さん、私がそうだったように

「あがり症は遺伝だから治らない」

とずっと思いこんでいるみなさん、あがり症は練習すれば克服できます。

私のあがり症克服経験から心をこめてそのお手伝いをさせていただきます。

 

この記事を書いた人
野村 文(aya)
一般社団法人あがり症克服協会 認定講師

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