朝礼スピーチでのあがり克服体験記

2018.02.09

 

人前で話す場面は多々ありますが、大して特別なことを行うわけでもないのに、ひどく緊張してしまう場面、それが朝礼です。

 

ほぼ決まり文句を言うだけにも関わらず、信じられないくらい緊張してしまったという経験を持つあがり症の方もいるのではないでしょうか。

 

私もその一人です。

今回は私の経験談を交えて、朝礼のあがり体験と克服体験をお伝えしたいと思います。

 

あがり体験

 

私は元々あがり症であったこともあり、人前にあまり出ないで済むシステムエンジニアという職業に就きました。

その結果、あからさまに人前に出て話すという機会はほぼなく、日々の仕事に従事していました。

 

しかしある時私は新しい部署に異動しました。

そこの部署には朝礼というものが存在しました。

 

それまでの部署は外部常駐ということもあって、朝礼という”儀式”はなかったのですが、新しい部署は社内の部署であり毎日朝礼を行っていました。

 

私はそこで初めて朝礼を経験し、異常な緊張感を味わうことになったのです。

 

問題となったのは、週一で行っていたグループ全体朝礼です。

 

グループは4つのチームの集合体で、およそ20~30人でしたが、週一で各チームごとに代表者がそのチームの一週間の業務報告を行うことになっていました。

 

その報告に対して特に厳しい突っ込みがあるというわけでもなく、ただ事前にまとめた業務内容を報告する、時間にすると2~3分程度で終わるものでしたが、話し始めてから15~20秒くらい経過したところで、私の体は異常に緊張し始めたのです。

 

鼓動が早くなり、大きくなり、声の震え、足の震え、手の震え。

途中で話を続けるのが難しくなり、震えに気づいた上司が近づいてきて心配されるほど他人にも明らかに分かる症状が出ていました。

 

メモを見て話す形式だったので話す内容を忘れないようにしなきゃというプレッシャーがあったわけでもありません。

自由な形式でしたので朗読のように一字一句間違えずに伝えなければというプレッシャーがあったわけでもありません。

 

一体何が怖くて緊張していたのか。

そのとき私が感じたのは、「反応が全くないことの怖さ」でした。

 

話す内容にうなずくでもない、関心を示して相槌を打つでもない、ただ20~30人がこちらを”見ている”と感じました。

“聞いている”とは感じませんでした。

 

その後はそのときの経験が恐怖として刻み込まれ、次もその恐怖を感じることになるのかと思うと、朝礼の順番がまわってくるのが憂鬱になり、やがて朝礼から逃げるようになっていました。

 

克服体験

 

逃げれば逃げるほどその恐怖は増幅されるというのは真実で、もはや自分は再び朝礼で前に立つというのは無理であるとどこか自分で決めつけていました。

 

逃げることができるとはいえ、それでも逃げているというのは居心地のいいものではありません。

後ろめたさと自己嫌悪が追いかけてきます。

 

とはいえ何か対策をと言ってもこれといった手立てはなく、このまま逃げてやり過ごすことが自分にできることかと思い込んで過ごしていましたが、ふと立ち寄った本屋でひとつの本が目に留まりました。

 

「1分のスピーチでも、30分のプレゼンでも、人前であがらずに話せる方法」

出版社:大和書房 著者:鳥谷朝代(あがり症克服協会理事長)

 

著者の経歴を見ると私と同様、国語の授業の本読みであがり症を自覚したとのこと、しかし今では完全にあがり症を克服しあがり症である多数の人を克服に導いているといいます。

 

思えば国語の授業の本読みも「反応が全くないことの怖さ」を感じていたことを思い出しました。

私のあがりのキーワードは「無反応」にある、そう思いました。

 

あがり症克服協会のHPを確認し、本を購入し、そして、ここならもしかしたら恐怖克服へ取り組めるかも知れないと思い、協会の講座に参加することにしました。

 

そこには私と同じようにあがり症で悩む人がたくさんいました。

その日は人数にして30人くらい。

自分の話を聞いてもらえて共感してもらえる、それだけでまず気持ちが軽くなり勇気をもらえました。

 

そしてメンタルとフィジカル両面からのアプローチであがり症を克服するというレッスン、少人数でのスピーチから始まり、段階を経て最後には全体(20~30人)でのスピーチ、その最後には、私は震え等のあがり症状を感じることなく話しきるという成功体験を得ることが出来たのです。

 

なぜ「無反応」への怖さを感じなくなっていたのか。

ひとつは同じ悩みを持っている仲間が聞き手であるということによる安心感があったからだと思います。

 

もうひとつは「無反応=拒否反応」ではないと知れたことです。

何度か練習したときに自分で話す様子をビデオに撮り、隣の人と一緒に見なおすという作業をしていましたが、自分で思っていたほど緊張しているように見えなかったですし、また、隣の人からすると全然緊張しているように見えなかったといいます。

 

私は少し緊張すると、それが他人にもばれていると思っていました。

他人に緊張していると思われると変に思われているんだろうなと思いますます緊張するという悪循環に陥っていました。

 

しかし、実はこれくらいの緊張感では他人には緊張していると思われない、ということがその講座で分かりました。

さらに、聞いているときは反応がなくとも、話し終わった後にもれなく拍手をたくさんもらえるという経験をしたこと、これも大きかったです。

 

人数が多いほど、聞き手はリアクションが薄いという傾向があることも教わりました。

「今は静かに聞いていても、変に思っているわけじゃなくて、じっとただ聞いてくれている。最後には拍手してくれるんだ。」

それが体で感じられたことは、一見無反応であるように見えても『最後まで話せば拍手が待っているんだ』と思えるようになり、無反応への怖さが薄れていきました。

 

さて、職場の朝礼に戻り、本当にあのとき全員無反応だったかというと実は分かっていません。

なぜなら、緊張し始めてからは人の顔は見れなかったからです。

 

あがり症克服協会の講座ではしっかり人の顔は見れていました。

必ず何人かは好意的にうなずいて話を聞いてくれる人がいました。

そのようにリアクションがはっきりしている人を見るとやはり安心します。

 

緊張をしてきたときこそ、好意的に聞いてくれる人の顔を見れば緊張からリカバリできる、ということを知りました。

 

他の人の発表のときにリアクションしている人がいないか探してみました。

すると、ちゃんと聞いて反応している人がいることを見つけました。

 

私が怖かった「無反応」。

でもそれは「無視」ではなくて「ちゃんと話を聞いている裏返し」、自分が緊張し始めたことによる変な空気というわけでもない、そして表現は人それぞれだけど反応してくれる人は0ではなくちゃんといる、そのことを確認してからは「無反応」のつらさに目を向けるのではなく、反応してくれる人に向けて話すことを意識できるようになりました。

 

理屈だけではなく実践で成功体験ができたこと。

そのような場を与えてくださったあがり症克服協会様の講座なくしては、今でも「無反応」の恐怖に怯えていたことと思います。

 

あがり症で悩む方にはぜひ教え広めたい、あがり症を克服するきっかけをつかむことができる場所であると私はお勧めします。

 

宮松 大輔(daisuke)

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