2018年6月29日(金)。
私の前職の最終出勤日。
真の『あがり克服』を成し遂げました。
その日まで(~2018年6月28日)
会社を辞める。でも辞めるときに部員全員の前で挨拶をしなければならない。
「最後の最後まで試練が」
あがり症を”克服”してから経験したことのない人数での人前での挨拶が、最後の最後に待ち受けていたのです。そこにはさすがに不安と待ち緊張を感じざるを得ませんでした。しかしあがり症を克服し講師となった私は、その最後の挨拶を『卒業試験』と位置づけていました。
あがり症克服協会であがり症を克服。そして会社でも朝礼に復帰し、会議の司会進行を行い、プレゼンも行う、はたから見ても”克服”と言っていい大きな進歩を遂げることができました。
しかし、「まだ、人前に出て話せるようになっただけ。自分の理想とする爽快感・達成感は ここ(会社)では感じられていない。」 そういう思いが心のどこかにありました。
いいとは思うのです。人前に出て、話すことが出来て、伝えなければならないことが伝えられて、進めなければならないことを進められて、それが出来たらもう100%。それ以上でもそれ以下でもない。自分を褒めていいし、克服したと言っていいと思うのです。緊張をコントロールできるようになって、役割は全うしていたのですから。
でも一方で私はこう思っていました。「ここ(会社)で爽快感・達成感を感じられなくて、何が克服だ。」 その引っ掛かりをなくすため、『卒業試験』は最後のチャンスでした。
私が人前を逃げまくり、自分自身で恐怖を膨らませていった場所。そこで爽快感・達成感を偽りなく感じて終えるために、私はあがり症克服協会で習ったこと全てを注ぎ込んで準備しようと思いました。
まずあいさつの内容。もちろん例文集に乗っているようなことは言うつもりはありません。他人の言葉ではあがるだけですから。
・あがり症で苦しむ人を救いたいこと
・自分自身があがり症であったこと
一番、自分の心の中の中心にあること。この2点を中心にしたスピーチを考えました。
そして練習。あがり症克服協会の中でも年一のイベント、P-1グランプリの中でスピーチ練習させていただきました。自分自身があがり症であることをスピーチするのは慣れていましたがあがり症で苦しむ人を救いたいから退職するということはわずかながら抵抗があり、慣れておく必要がありました。
「一緒に生徒だったときとは見違えるように堂々としていましたよ!」
「こんなこと職場で言われたらついていきたい人たくさんいると思います!」
「聞いていたら途中で感動してウルっと来ちゃって・・・」
生徒さんたちに頂いた言葉に逆に勇気をいただき、感謝の気持ちを胸に絶対にこのスピーチを退職の挨拶にする、そうすれば爽快感・達成感はやってくる、そう確信に満ちたところがありました。年一の大イベントでのこの体験は非常に大きな自信になりました。
その日(2018年6月29日)
本番。当日。17:30。
その、P-1で話したことを部員100人の前で、あの日と同じように話してきました。自分でも驚くほどあがることなく、話しきったあとは気分爽快、達成感でいっぱいでした。
「堂々と話している姿を見て、やりたいことが見つかって、頼もしく、羨ましく見えて、目頭が少し熱くなったよ。」
「今まで聞いた退職・異動した人のあいさつの中で一番うまかったよ!」
「話してる姿がすごくキラキラしてました!」
たった20人ほどの人前に出ることすら出来なかった私が、この日部員100人の前でこんなに話せる日が来るなんて1年前には全く想像もできないことでした。
「実はおれも発表がすごく苦手で…」
「私もあがり症で、話していると声が震えてきちゃって…」
「その教室どこでやってるんですか?」
「私もいつかそこに行くかもしれないので」
スピーチ終えたあと、たくさんの人に声かけられて、こんな話を聞くと、自分のやってきたことは間違ってなかった、今日話してよかった、と心から思いました。
怖くなかったわけではないです。逃げる気持ちも時折顔を出しました。あがり症でない人たちの前であがり症の事を話すことも、共感してもらえるか分からない不安もありました。でもそのたびに、あがり症克服協会の人たちの顔を思いだし、勇気をもらっていました。
「ここ(会社)で爽快感・達成感を感じられなくて、何が克服だ。」
この思いがあった私は今まで「あがり症を克服した」って心から言い切れないところがどこかありました。でも私はこの日、その内なる声からも『卒業』しました。
遠くの人にも生の声が届くように、みんなの顔を見渡して、反応を確認して、驚くほど落ち着いて話せました。楽しい3分間でした。
なぜ、自分でも驚くほど落ち着いて話せたのか。それを実は私は分かっています。もう一つ、準備で力を入れたことがありました。
それは、スピーチする前に部員100人、いる人全員に個別にあいさつして回ったのです。
協会と会社で何が違うのか考えたときに、会社では”聴衆”を味方にしきれていないところがありました。あまり話をしたことのない人、苦手な人。協会と同じように会社でも話すために、味方をたくさん作って回りました。これも協会のメソッド。この効果は抜群に大きかったです。話しを聞いてくださる人たちがみんな味方なのですから。圧倒的ホーム感を作ることができました。最後に優しくうなずきながら私のスピーチを聞いてくださった会社のみなさまにも感謝です。無事『卒業』をさせていただくことができたのは、自分ひとりの力ではありません。あが協の人、会社の人、みなさんに感謝です。
あの日(2017年8月26日)
『かねてより「あがり症」は精神疾患のひとつ、表立って触れてはいけないタブーなこととして避けられてきました。「あがり症で悩む自分=情けない」と人知れず思い悩み、誰にも相談できず、「性格だから治らない」「生まれつきだから仕方ない」と諦めてしまっている人が多くいらっしゃいます。
果たして本当にそうなのでしょうか。
自分が人前に出ることで、誰かの役に立つことができる。周りへの感謝の気持ち。人前を嫌だ、怖いと思う気持ちより、そうした気持ちが上回った時、それが真の「あがり克服」であると考えます。
あがり症であることを堂々と言える世の中に、そして、誰もがありのままの自分を表現できる世の中になることを、私たちは切に願っています。』
あがり症克服協会に足を踏み入れたあの日、理事長から頂いた、最初のメッセージです。
あの日から10ヶ月。私はこのメッセージどおり、真の「あがり克服」を成し遂げました。この『奇跡ではない体験』を語っていくことが、私をあがり症克服に導いてくださったみなさまへの感謝の気持ちであり、そして同時にまだ見ぬアガリストの方への希望として届けば幸いと思っております。
daisuke